銃・病原菌・鉄(上・下)―1万3000年にわたる人類史の謎/ジャレド・ダイアモンド【著】倉骨彰【訳】

本書は1998年度のピュリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞し、朝日新聞の「ゼロ年代の50冊(2000-2009)」の第1位になった歴史書です。

 

著者は、進化生物学者・生理学者・生物地理学者であるジャレド・ダイアモンド・カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部教授です。

 

 

著者の肩書きから分かるように、本書はいわゆる歴史学者による歴史書ではありません。

 

本書は、科学的な見地から、現代の文明の発展度合いの違いがいかなる経路をたどって生まれたのかを明らかにします。

 

 

著者がこの謎を解き明かそうとしたのは、ニューギニアでの調査中に現地の優れた政治家「ヤリ」から投げかけられた1つの疑問がきっかけです。

「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」(p.24)

 

この問いに対し、著者は世界の各大陸における植生、気候、生物種の違いなどを頼りに、とりわけユーラシア大陸において文明が生まれやすく発展しやすかった要因、裏を返せば、他の大陸(特にオーストラリア大陸)において発展しにくかった要因を浮き彫りにしていきます(もちろん、寒い地域の方が寒さをしのぐために様々な工夫が必要となるので暑い地域より発展しやすいといった、よくある単純な話ではありません)。

  

民族によって歴史が異なる経路をたどったのは、民族間の生物学的差異の反映であると考えることは、一見、理にかなっているかに見える。もちろんわれわれはそのようなことを人前で口にしてはいけないと教えられてきた。しかし、先天的な差異に言及する学術論文を目にしたり、そのような研究には技術的な間違いがあるという反論を読むこともある。数世紀も前に征服されたり奴隷化された人びとの子孫が、社会の最下層で暮らすのをわれわれはいまでも日常的に目にしている。これについても、生物学的な欠陥のせいではなく、社会が不平等で、機会が均等にあたえられていないせいだと教えられてきた。

 にもかかわらず、人びとのあいだには歴然と、こうした違いが存在している。それはなぜだろうか。われわれは、その理由を考えなくてはならない。われわれは、西暦1500年の時点の人類社会の差異を、生物学的に説明しようとすることは間違いであると確信している。しかし、正しい説明を知らされているわけではない。大半の人びとは人類社会の歴史に見られる大きなパターンについて、詳細かつ説得力があり、納得できる説明を手にするまでは、相変わらず生物学的差異に根拠を求める人種差別的な説明を信じつづけるかもしれない。私が本書を執筆する最大の理由はここにある。(p.44-45)

 

 

現代の大陸間、民族間、人種間に横たわる社会的、文化的差異が生まれた理由についての著者の主張は、以下の言葉に集約されます。 

 歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない。(p.45)

 

 

本書はタイトルも取っつきにくそうですし、内容も専門的なものが多く、決して読みやすいとは言えません。

私もパラパラとめくって、何か難しそうだなぁと思いましたが、「農耕を始めた人と始めなかった人」、「なぜシマウマは家畜にならなかったのか」、「アフリカはいかにして黒人の世界になったか」などの興味がそそられる章題に惹かれて本書を手に取りました。

 

著者の専門の進化生物学や生物地理学の枠を超えて、言語学や考古学なども総動員して解明を試みているため、それぞれの専門家からすると物足りない部分があるかもしれません。

しかし、本書には、民族間格差や人種間格差の要因について考えるときに、とかく近代以降の歴史を重視し過ぎたり、優生学的な見地から差異を先天的なものと見なしたりするナイーヴな見方を一蹴するインパクトがあります。

 

我が家の子どもたちにも、いつか読ませたいと思う1冊です。