アウン・サン・スー・チーはミャンマーを救えるか?/山口洋一【著】寺井融【著】

本書は、元ミャンマー大使の山口洋一氏と、民社党新進党の事務局で働いた後、西村慎吾衆院議員政策秘書、産経新聞記者などを歴任したジャーナリストの寺井融氏による共著です。

 

本書では、現在多くの日本人がミャンマーに対して無自覚に持っているイメージを否定します。すなわち、ミャンマー民主化運動の象徴であるアウン・サン・スー・チー女史は善で、それを弾圧する軍政は悪だというのはメディアが作り上げた虚像であり、本当のミャンマーの実態は違うんだ、軍政がすべて悪というのは間違いで、アウン・サン・スー・チー女史がすべて善というのも間違いであると。

 

そして、「はじめに」において以下のように述べています。

本書では、ミャンマーの実態を政治と経済、ビジネス、文化、社会、軍事、宗教にいたるまで、いいも悪いもなく偏見なく切り取っています。いわば、わたしたち二人はミャンマーの生材料を徹底的に提供しているにすぎません。日本のマスメディアが報道してきた情報とあまりにもかけ離れていて脳がフリーズしてしまうかもしれませんが、これが現金正価掛け値なし、ミャンマーの実態なのです。信じるも信じないもあなた次第です。(p.4)

 

最後の一言によってうさん臭くなってしまっていますが、それは置いておくとして、第1章「ウソで固めたミャンマー報道! なぜ日本のマスメディアは真実を伝えないのか?」及び第2章「アウン・サン・スー・チーミャンマーを本当に救えるのか?」では、これまでの一般的なミャンマーに対するイメージ、アウン・サン・スー・チー女史に対するイメージ、軍政に対するイメージが間違っていることを具体的に指摘しています(第3章以降は、アウン・サン・スー・チー女史からは離れミャンマーの歴史やビジネスなどの話が中心になっています)。

 

確かに、民主化の過程において、これまで政権を担ってきた軍政の関与の余地を残しつつソフトランディングさせていくというのも、政情を不安定化させないためにはあり得る選択肢であり、本書が指摘するように軍政だからといってすべて悪と決め付けるのは正しくないと思います。

特に多くの内戦を抱える国において、国をまとめるために一定の重しが必要な局面があることも事実です。

いわゆるアラブの春の結果、軍政が倒れた国において内政が真空状態になったために様々なアクター間で衝突が起こり混乱状態に陥ったように、“軍政”や“民主化”という言葉だけで善悪を決め、当該国の内情やプロセスを無視して非難したり賞賛したりするのは危ういことです。

 

また、本書で「NLD(国民民主連盟)は民主党みたいだ」と指摘しているとおり、アウン・サン・スー・チー女史が党首(議長)を務めるNLDは“反体制”でまとまっているだけで決して一枚岩ではありません。したがって、次期総選挙でNLDが政権を取ったとしても、すぐに内政を安定させることができるかどうかは未知数のようです。

この点も日本(のメディア)ではあまり明確に掘り下げられておらず、アウン・サン・スー・チー女史が目立てば目立つほど、英雄視されればされるほど、軍政に対する批判が強くなり、本当のミャンマーの実態やNLDの実像が見えにくくなるという構図があります。

本書を通して、自分もその構図を無批判に受け入れていたこと、そして1つの視点・価値観から物事を見ることの危うさに気づかされました。

 

ただ、本書の難点は、山口氏と寺井氏がそれぞれ交代で小テーマについてコラムを書くという構成です。

小テーマごとに話題を「切り取って」いるため、様々な資料やデータに基づいて系統立てて2人の主張の正しさを検証しているわけではありません。 したがって、長年ミャンマーに関わってきた中で得られた知見に基づいて、これまでメディア等では語られてこなかったミャンマーの別の側面を知らしめることには成功していると思われますが、本書を読んだだけで読者にこれまでのイメージは間違いだったんだと確信させるまでには至らないのではないかと思います。少なくとも私はそう思いました。

 

また、同じような話が繰り返し出てきたり、2人が同じような話をしている箇所も見受けられるので、個人的には小テーマではなく章ごとに担当を決めて長めに論を展開した方が、整理された体系的な議論ができてより説得的だったのではないかなと思いました。

 

あと、寺井氏が元産経新聞記者だったこともあり、ミャンマーと絡めて名指しで朝日新聞を批判したり、いわゆる「普通の国」の話が突然出てきたりします。主張したい気持ちは分かりますが、このように主題とは離れた個人的な思いを入れてしまうと、他の話についてもその客観性や信憑性に傷が付くのでカットした方が良かったように思います(寺井氏の主眼はむしろそこにあるのかもしれませんが)。

 

いろいろ書きましたが、ミャンマーアウン・サン・スー・チー女史について、今まで日本のメディアでは語られてこなかった側面を知ることができるという意味で貴重な本だと言えます。

 

アウン・サン・スー・チーはミャンマーを救えるか?

アウン・サン・スー・チーはミャンマーを救えるか?