クライシス・キャラバン―紛争地における人道援助の真実/リンダ・ポルマン【著】大平剛【訳】

本書の著者は、オランダのフリージャーナリストである、リンダ・ポルマン(Linda Polman)氏です。
同氏のHP(http://www.lindapolman.nl/uk/#/wieis)によると、過去20年にわたって、特派員として東西アフリカ、アフガニスタン、ハイチにおいて活動してきたそうです。また、母国オランダの大学などでは、ジャーナリズム論や国際関係論、開発協力論の客員講師も務めているとのことです。

 

本書の主題については、「訳者あとがき」において、訳者が以下のとおり分かりやすくまとめています。

本書が対象とするのは、人道援助である。同じ「援助」でも、開発援助に対してはこれまで多くの批判がなされ、ダム開発をはじめとする大型開発プロジェクトがもたらす環境破壊や、開発に伴う住民の強制移住といった問題については広く知られるようになっている。しかし、事が「人道」となると、その領域における援助は「善行」であることが前提とされ、人道援助分野は批判の対象とはみなされずに聖域視されてきた。そのため、人道援助を批判的にとらえる文献は少なかった。しかも、そこに市民社会組織や非政府機関(NGO)が多数関わっていることで、「善良な市民による善行」というイメージが創り出されてきた。しかし、紛争地における実態をもとに、このような認識に警鐘を鳴らすのが本書の目的の一つである。(p.264)

 

著者は、ベテランのジャーナリストというだけあって、世界各地の紛争地での取材に基づき、具体的な事例を挙げながら、人道援助の実態を鋭く批判しています。


例えば、援助団体が行う支援が被支援者に紛れ込んだ紛争当事者に渡り、かえって紛争を長引かせる一因になっている例、援助団体が無秩序に紛争地への先乗り競争を行うことで、通行料や関税などの名目で多額の援助資金が当事国政府に流れている例、あるいは援助団体と持ちつ持たれつの関係にあるジャーナリストが、人為的に作られたセンセーショナルな場面を撮影し、それが援助団体の資金調達に利用され、そのように宣伝された紛争地にのみ援助が偏ってしまう例など、数多くの事例が取り上げられています。

 

私自身は、学生時代に3年間ほど国際NGOでボランティアをしていた経験があり、大学院ではNGOやNPOについて制度的な側面から研究していたので(現在の仕事はこれとはまったく関係ありませんが)、援助活動に付随する問題についてはある程度知っていましたが、人道援助やNGOについての予備知識が無い読者にとっては、非常にショッキングな内容であると言えます。

「『人道援助』という名の下に裏ではそんなことをしていたのか!」「餓えた子どもを宣伝に利用して資金集めをするなんてけしからん!」などと憤慨する人も少なくないと思います。

 

しかし、私も含め、ある程度の予備知識や経験がある読者にとっては、「御指摘はごもっとも。でも、肝心なのは『そのような問題があることを知った上で、どうすべきか。』であって、ただ問題を指摘するだけでは物足りない。そこについて著者はどう考えているだろうか。」という点に関心があるではないでしょうか。

特に本書の場合は、人道援助の実態を暴くルポルタージュの部分が大半を占めているので、「どうすべきか」について深く掘り下げられてはいません。ただ、最終章において著者なりの答えについて少し触れています。 

 

 それは、以下のようなものです。

問われるべきは、「それなら、ただ単にまったく何もしないでおくべきかどうか」ということではない。問われるべきは次のようなことだ。戦争当事者による搾取を考慮しても、援助によるプラスの効果を推し量るとするなら、どこに分岐点があるのか、そして人道原則が倫理的でなくなる地点はどこなのか?(p.250-251)

 

援助活動家に質問をあびせるのだ。もし、彼らが人助けをしているというのなら、その食料やそれらの薬で誰が助けられるのかを尋ねよう。罪もない犠牲者なのか、軍閥なのか、それとも両方なのか? 行方がわからなくなるお金や物資に関しては、援助機関が上限として容認できる限度はどこまでなのか? どの段階で、援助事業による戦争経済への寄与を「害を与えている」とみなすか?(p.256)

 

著者の答えは、簡単に言うと「説明責任を果たせ」ということです。

 

この点、営利企業と比較すると分かりやすいと思います。

営利企業の場合、費用の負担者とサービス(又は商品)の受益者が同一であるため、当該サービス(又は商品)に対する費用が妥当なものかどうかを容易に評価することが可能です。

そして、その評価によって自然に市場からの淘汰が行われます。

 

一方、人道援助団体などの非営利組織の場合、費用の負担者はサービス(又は商品)の受益者ではありません。簡単に想像できることですが、紛争地における難民や貧困状態にある人々が、援助団体から提供されるサービス(=支援)に対する費用を負担することは不可能です。

言い換えれば、同一人が支援にかかる費用とその支援の質とを比較考量し、団体について評価する契機がないということです。したがって、非営利組織は、自分たちの団体が行っている活動が適正なものであり、資金を無駄にしていないということを費用負担者であるドナーに説明する責任を内在的に負っているのです。

これは、何も援助団体に限らず、国内で活動している介護や教育、環境保護などに取り組むすべての非営利組織にも当てはまる話です。

 

しかしながら、本書でも触れられているように、人道援助は他にも増して「聖域視」されてきたことによって、援助資金が本当に適正に使われているかどうかが問題になったことはなかったように思われます。

その意味で、援助団体とメディアが相互依存関係にあるがために覆い隠されてきた実態を、白日の下に晒した本書は画期的であり、人道援助活動に関心がない人にも広く読まれるべきであると感じました。

 

クライシス・キャラバン―紛争地における人道援助の真実

クライシス・キャラバン―紛争地における人道援助の真実